楕円のボールに込める思い

快晴の秩父宮にて

快晴の秩父宮にて

 
独特のルーチンが終わるまで、誰も彼の時間を奪うことはできない。唯一彼に対峙しているものがあるとすれば、それは彼の中になる『何か』の他にはない。彼が大きく足を蹴りあげると、白い楕円のボールは緑色に輝く芝を離れきれいな弧を描いた。2万人がいっせいに固唾を飲むなか、白い軌跡は左側のボールをかすめていった。ゴールジャッジの旗が上がらないことを見てとると、観客が凝らしていた息はため息に変わった。そのころ当の本人はすでに自分のポジションに向かって走り始めていた…。
 
大学では1年からレギュラーだった彼のキックを何度となく見てきました。相手の背後に深く蹴り込む彼のボールは、緑の芝に落ちた瞬間に、彼の意思のままにはずむこともあったし、あるいは試合のゆくえを翻弄するように不規則にはずむこともありました。
 
それでも、彼は仲間がそこに走り込むと信じて何度も蹴り、また仲間も彼がそこに蹴ると信じて芝の上を何度も矢のように横切っていきました。
 
 
どうして楕円のボールなの? 僕にはその方が自然に思えるのです。最後にはどちらに跳ね上がるかはわからない。でも、可能な限り意思が伝わるように蹴る位置を工夫する。そして仲間を信じる。運の悪い方向に跳ね上がったとしても、転がる方向が変わったとしても、それでボールを恨んだりはしない。運のせいになんかしたりはしない。なぜなら、ボールというのは、運というのはそういうものなのだから…。
 
 
あと数センチの精度を高めるために蹴る練習を何度も繰り返す。何度でも仲間を信じて蹴る。何度でも仲間を信じて全力でその位置に走り込む。自分にできる運が支配しない部分のことに集中する。そして、運が悪い方向に跳ね上がったとしても、「そういうもの」という表情をして、すぐにポジションにもどる…
 
来年はそういうスピリットで1年を過ごそう!…と緑の芝を眺めながら誓いました。One for all, All for one !
 
 
どうぞ良い年をお迎えください。
 
平和と希望に満たされた1年となることを祈ります。

天賦の贈り物

20151225-1

1991年に鉄道省主催の技術交流会で訪れたことのあった北京を再訪しました。まるで違う国の違う都市を訪問したかのような変貌ぶりの一方で、僕はずっと日食のような太陽を眺めていました。PM対策はもう待ったなしの状況にあるようです。
 
さて、以下の記述はどのこの都市のことでしょうか?
 
『工場立地が進んだある都市で、セメント工場による粉塵被害への抗議活動が起こり社長宅に押し掛けた。それから45年後には火力発電所の宅地造成をしたところ、長い梅雨で灰の山が崩れ、24名の死者と17名の重軽傷者を出した。それから4年後には大気汚染注意報が年間29回発せられ、その2年後には都市の主要部分が大気汚染地域に指定された。公害病認定患者は、5911人、死者1500人を数えた。』
 
これは1927年(昭和2年)~1994年に神奈川県川崎市で行ったことです。歴史の時間をずらして年表を重ねてみれば、北京で起きていることは私たちもかつては通った道であることがわかります。日本の経験が活かせる可能性は大きいように思えてなりません。
 
僕は、もしかしたら多くの人は、相手の欠点を大きくして、自分の立場を優位にしようとするクセがあります。そして、目の前の問題を大きく複雑に考えることによって、踏み出せない言い訳にしようとするクセがあります。でもそれだと壁は乗り越えられないように思います。大きく考えるべきなのはミッションの方であるはずなのに、欠点や問題を大きくしてしまいがちです。
 
僕はクリスチャンではありませんが、ときどき日曜に教会に行きます。牧師のお話を聞きながら、心にたまった垢を落とすためです。僕が人として尊敬するその牧師はいま「人にはみなそれぞれに神より与えられた宝がある。それはすべての人にある。その宝を見つけ出すお手伝いを私はしたい」と言われています。宗教の垣根を超えてお手伝いができれば…と願っています。
 
北京を訪れた目的は、ビジネスの打合わせをするためでしたが、その打合せの中には1つの起業のことが含まれていました。中国の瀋陽に生まれ、広島大学で文学を学び、夏目漱石に関する論文を書き、その後九州で服飾デザインの勉強をし講師まで務めたものの、縁あって公害防止関係の仕事で日中の懸け橋としてずっと奔走されてきた女性が、それまでの安定した中日合弁会社を辞して、志を同じくする3人と起業をしたという話でした。お客を豊富に持つ中国の中小企業と優れた技術を持つ日本の中小企業の懸け橋をする会社を作ることにしたそうです。提携の入口から、運悪く破談になったときの解消まで面倒を見る…いわばお見合いから離婚まで責任を持って面倒を見るというスキームに挑戦します。彼女が見ているのは、まさしく両国の良い点を結びつけることです。僕にどんなお手伝いができるのか…模索しているところです。
 

PMで霞むクリスマスのイルミネーション

PMで霞むクリスマスのイルミネーション

 
サンタさんもどこにプレゼントを届けたらいいのか迷ってしまいそうです。早く星空のクリスマスを迎えられるように願います。
 
京セラの名誉会長である稲盛和夫さんは、「楽観的に考え、悲観的に計画し、楽観的に行動しなさい」と言われています。そろそろ新年の計画を考える時期ですし、新しいビジネスもどんどん生まれています。僕も稲盛さんの言われる姿勢で新たな年、新たなビジネスを考えてみます。
 
 
今日は贈り物について考えたいと思いました。その贈り物とは、どんなプレゼントより貴重なもの…それは誰の中にもある天賦の贈り物です。Merry Christmas!

本当は道はずっと前から変わらずにそこにあったのかもしれない

恒星の周りを惑星がめぐり、水素がヘリウムに変わり、リンゴは木から落ちることは、この宇宙が誕生した時から変わらずにそこに法則として存在していたように、道はずっとずっと前からそこにあって、僕との出会いを待っていた…そう思えるのです。
 
本当は自然の摂理に単純に従うだけの胆力が僕にありさえすれば、ちゃんとたどれるようになっている道なのに…でもあたかも自分が力を発揮したからこそ惑星は恒星をめぐることができ、自分の先見があればこそ水素がヘリウムに変わることを予見でき、自分が革新をもたらしたからこそリンゴは落ちたんだと言わんばかりに…そう誇示したい自分がいて、演出することに気を取られて、道標を見落としただけなのかもしれない。複雑な経路にしてしまって、たどりつくのをたいへんにしてしまっているだけなんではないか…そう思えるのです。
 
自分が作ったかのように思う道も、本当はずっと前から変わらずにそこにあったのかもしれません。僕がそこをたどるべき人であることに気づくのをじっと待ち、そして自然の摂理というコンパスに忠実になれるだけの胆力という通行手形を携えて来るまで姿を隠し、自身の明るさの重要性をわからせるためにわざと暗く見せてる道…本当は道はずっと前から変わらずにそこにあったのかもしれません。発見は無かったものを誕生させたのではなく、ずっと前からあったものが見える自分になっただけ…それが真実なんだろうと思います。
 
行く手を邪魔しているのは、あるいは見えなくしているのは、世知辛いと言われる世の中の方ではなく、僕の邪心であるように思えてなりません。宇宙に届くほどの心の高さを持たなくてはいけませんね。
 

日高山脈 夏の道

日高山脈 夏の道

やさしくあることのむずかしさ その続き

少子化の中で仲良くする相手を選択できない環境の中で身につけてきた「心の自主規制」あるいは「無難な自己防衛」という術は、稀有な存在にならなければ生き残れない今日の企業においては弊害となります。人の話をよく聞くことと、人に合せることは同じ次元ではないですし、賛成を得ることと、賛成が得られそうな意見を選んで言うことは同じ次元ではありません。企業は理念と言う1つの方向を目指す集団ではありますが、理念の実現はたやすいことではありません。多様な意見が交わされてこそ、見えてくるものです。こわいのは、掘り下げて考えるべきことの視線をそらし、きれいごとで済ませて正当化してしまうクセです。稲盛和夫さんは、仕事や人生の結果は「考え方×熱意×能力」であると言われています。考え方の軌道修正を常にし合えるチームワークを作りださない限り、努力や熱意だけが言い訳の集団になってしまいそうです。会社は常に「現状維持」と「きれいごと」と戦い続けるものであるという覚悟が必要です。
 
心の自主規制から生まれるやさしさは、岩を穿つことはなく、どこに注ぎ込むこともなく、無難と言う砂の中に消えていきます。心の守備範囲はどうしても狭くなり浅くなりがちです。しかし、会社は無難さを求める場所ではありません。会社は稀有な存在にならない限り生き残れないのです。稀有な意見やアイデアを燃料にして前に進んでいます。しかし、これは個人の人生においてもきっと同じです。並大抵のことでは「良い人生」は送れないはずです。
 
 
厳しいことを言うようですが、心の自主規制による「やさしさ」は結局自分を守る手段にすぎないのだろうと思います。本当のやさしさは、出発点が「相手側で思う」あるいは「普遍的な視点に立つ」であるはずです。まったく源流が違うのです。会社も意味のある人生も必要としているのは、後者の側にあるやさしさです。だからこそ、相手に厳しいことも言うでしょうし、耳に逆らうことも言うのです。「相手に嫌われるかどうかは二の次」となれるはずです。チームプレーを生み出すメンバー間を結びつけるやさしさがそのようなものに立脚するものでなければ良い仕事はできないはずです。会社の大きな目的・存在意義は「人を育てる」ことです。ただ現状を認め合い傷をなめあうような仲の良さは、その会社の存在意義に決してなじむものではありません。月が欠けるように心が傷ついても、地球を回るというミッションを守ることでまた満つる月のように、厳しさと普遍性の中から生まれる光こそが世の中をやさしくするのだと思います。
 
「良いことと心が信じてしまっているもの」や「安易さ」から脱却していくために会社はどう接し、どう機会を作りだしていくべきか…会社の重要なテーマだと思います。
 

MOON FACTORYという名のカフェと月食

MOON FACTORYという名のカフェと月食

やさしくあることのむずかしさ

やさしさという流れを集めると、やがて「承認」という名前の本流になり、ついには「幸せ」という名の海に注ぎ込む…これが現在の幸せの方程式でしょうか。でも、僕らが目にしてきたやさしさの多くは、どんなに集めてみても「承認」という本流を作ることはありませんでした。やさしさは、理解を生み、お互いの価値を認め合うという地形にたどりつく前に、地面に吸い込まれて消えてしまう。すべての良いことのはじまりにはやさしさがあるはず…だからこそ「やさしい人」を見つけていっしょになったはずなのに…やさしさがお互いの承認を生むと信じたからこそやさしい自分をめざしてきたのに…大なり小なりそんなジレンマを抱えながら僕らは生きているような気がします。
 
 
「結局やさしい人ではなかった」「いっしょになったら変わった」と納得してみても、それはどこにも行けない思いを残すだけかもしれない。もしかしたら、やさしさは源流ではないのかもしれない…それが今回の話題です。源流は勢いのある流れで、岩をも穿つ「絶えることのない」普遍性も持つことで、はじめて水源となります。やさしさはその流れに乗った笹舟のようなもので、その流れがたまたま目に見えた形なのかもしれない…それが今回の仮説です。やさしさを求めることの危うさを、「やさしくない人」と言われそうだなあとびくびくしながら、でもこの話題を進めてみたいと思います。それが企業のあるべき姿勢にもつながっているし、社員の成長を考えるときに避けては通れない現在の課題であるようにも思えるからです。
 
それにしても、どうして僕らは「やさしい人でなくては私を理解できるはずがない」という刷り込みによって苦しまなくてはいけないのでしょうね。