変えるべきではないもの、変えるべきもの

20171120-1

 
訪問先はカナダの首都オタワから車で1時間ほどのところにありました。広大なトウモロコシの穀倉地帯を抜けて、オンタリオ湖にかけられた細い長い橋を渡りました。橋を渡るとカナダとアメリカの国境を越えたことになります。橋のたもとには高速道路の料金所のようなゲートが並び、そこで車中の人の全員分のパスポートをこれもまた料金所のブースにいる人のような係員に渡します。日本人である僕はここで車を降り、検問所に入ります。まず片手の4本の指を10㎝×5㎝くらいのガラスに当てて、OKと言われたら次に親指だけを当てます。終わったら反対の手の指も同じようにスキャンして、こうして僕の手のすべての指の指紋は、たぶんアメリカのデータベースに登録されたのだと思います。簡単な質問を受けて、僕のパスポートには、3か月後の日付の入ったビザの紙がホッチキスで留められました。訪問先はその国境の検問所から、本当に目と鼻の先にありました。
 
訪問先では社長が自ら玄関口で僕らを笑顔で迎えてくれました。柔和な笑顔にあっても、眉間の皺は哲学者のような頑固さを感じさせます。集まったゲストは全部で10人。インド人、メキシコ人、コロンビア人、カナダ人、そしてアメリカ人。僕らはここで2日間、みっちりと主要な製品の特徴と操作方法を学び、マーケットの情報の交換をしました。
 
現社長は2代目。父である創業者が拡張した建屋に、さらに現社長が建屋を増設し、新旧2つの建屋は廊下で結ばれています。旧建屋には、ボール盤やミルなどのいかにも年代ものの加工機が数台並んだ工房がありました。創業者はここで装置を開発したそうですが、今でも試作機はここで生れることもあるそうです。この部屋はたぶんに象徴的な存在なのかもしれません。
 
彼らはASTMやISOなどの検査規格に合わせて検査測定器を開発するというより、それを先取りして開発をしています。そして、開発が成功し、試験精度や試験レベルが向上できることが確かめられると、今度は規格の改変を働きかけます。既存の規格の問題点を指摘し、それがすでに時代遅れになったことを説得するわけです。僕もISOの規格改変に携わっていますが、これにはどれほどタフで気の遠くなる交渉が求められるかは容易に想像できます。
 
規格の改変には、複数の国が改変の提案をすることに同意し、それを受けて各国のワーキンググループがそれぞれ意見集約を行ないます。その結果を踏まえて、各国の代表者が集まる会議で採否が図られます。ISOの追加・変更・廃止はこうして決まりますが、日本では、さらにこれをJISに反映する手続きが必要になります。残念ながら翻訳や内容の吟味には時間がかかるため、ISOが変更されても、JISに反映されるまでには、およそ年単位の時間が必要になります。
 
さて、話はもとに戻しましょう。なぜ2階建てにしないかというと、それによってコミュニケーションが分断され、移動距離が長くなるからだそうです。新製品の紹介は社長の息子さんがされていましたが、すでに3代目になられることが決まっています。現社長は、「自分たちはカナダ人です。カナダに比べるまでもなくアメリカはビッグなマーケットなので、米国籍の企業になっていますが、自分たちの気質も会社のポリシーも「カナダ」です。具体的には競争よりもコミュニケーションを大切にしています」と強調していました。基板の組み立てラインやWebのための簡易の撮影セットも含めて、およそすべての会社の部署を見せてくれました。
 
たしかに大切な何かを失わないようにしていることがよくわかります。そのために、時にアメリカ気質から見れば、偏屈であったり、頑固者に見えるのでしょうけど、常に本音と本物を追求しようとしている姿勢が随所に見られます。招待された各国のゲストとも、率直でときに熱い議論をしていました。そこに今の日本の企業が失いかけている何かが見えた気もします。僕らはめまぐるしい変化にばかり気を捉えられていて、どこかで本音や本物を封印してきてしまったのかもしれません。そこにとても危ういものを感じます。世界が日本の品質に求めてるものを見失ったまま、変化に追随することばかりを考えていると、結局どこまでいっても、たとえ先頭集団に入れたとしても、トップランナーにはなれないのだろうという気もします。
時代の価値観を超えることのできる頑固さは、すがすがしくもありました。社員はそれはそれでたいへんでしょうけど、部品や製品の扱い方がとても丁寧なことをみても、それがこの会社の底辺から頭までを貫いている背骨になっていることは容易に想像ができました。