旅のはじめ方、はじまり方

よく行く公園のベンチから見える赤い扉
ずっと僕はその不思議な赤い扉に心がひかれていた
9月だというのに夏の日差しがじりじりとアスファルトを溶かすような昼下がり
僕はその閉ざされているはずの扉が、ほんの少しだけ開いているのに気づいた
ご主人はベンチにすわり、右手に文庫本を持ったままうとうととしていた

僕はそっとベンチの下を抜け出して、その扉に向かった
扉の隙間からするりと中に入ると、そこは真っ暗だった
まるで、上から深い穴を覗き込んでいるような錯覚に陥った
奥の方から、ひんやりとした風が吹いてくる
その気持ちよさに誘われて、僕はさらに中に進んでいった
背後にあったはずの光がすっと消えて
僕は自分の前足さえも見えなくなった

冷たい気持ちの良い風は、さらにもっと奥の方から吹いてくる
風が吹く方に進むと僕は不意にとても濃密な空気に包まれた
ほんの少しだけ明るさがもどったみたいに感じたけど
目の焦点はどこに合わせることもできず、僕は前足を見失ったままだった
やがて、前足と後ろ足が、何十メートルも伸びてしまったような
上も下も、右も左もわからない
不思議な感覚に襲われた

そして、僕は突然に、とても唐突にどこかにむにゅっと出た。
それは、本当に「むにゅっ」という感じだった。
そこは、見たこともない大きな公園だった
そして、それは公園などではなく、深い森の中だということを僕は後で知る
鉛色の空からは、ちらちらと雪が舞っていた
僕は、深い落ち葉の吹き溜まりの上に立っていた
振り返ってみたけれど、そこにもずっとどこまでも木々が続いているだけだった

ここは、地の果てなのか、それとも地の真ん中なのか
いまは、時代が始まったころなのか、それとも時代が終わろうとしているころなのか
僕の頭が僕にもたらす唯一のことは、「とにかく歩き続けろ」という
漠然とした、でも他に選択の余地がなさそうな警告だった

こうして僕の旅は、突然に、そして理不尽に始まった

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