夕べの記憶と言えば、耳いっぱいに響く激しい雨の音だけだった
そんな夜は、怒りともあきらめともつかない心を抱えながら目を閉じるしかない
ただ無駄に動いて体を冷やすことだけは避けなくてはならなんだよ…
そんなとても現実的な問題を差し出して、心を説き伏せていく
そして説得が優勢になるころ、僕はまどろみはじめる
夢から覚めたとき、もう雨が止んでいることをすでに知っている…そんな朝がある
霧が足早に流れていき、やがて青空になることを、僕はすでに頭のどこかで確信してる
夢から覚めるその少し手前、夢と現実のはざかいで、そのどちらにも属さない感覚が目を覚ますみたいだ
そして、閉じたまぶたに映るはっきりとしたもう1つの世界を、
どうしても焦点が合わないカメラのようなまだ覚めきらぬ頭で見ることになる
まぶたに夕べの雨の名残の水たまりがたくさん映っている
その水たまりたちは、霧が晴れて、その表にきれいな青空を映し出すことを心待ちにしている
でも、青空を映すようになるその一歩手前で、水たまりの主人公となる者たちが現れる
それは人のようでありながら、でも人とは違う
人にしては小さすぎるし、何より身のこなしが軽すぎる
まるで、羽でも持っているかのようだ
でも、きっとその羽は透きとおったとても薄いものでできているに違いない
羽はまぶたには映らないからだ
僕はやがて、あっちにもこっちにもあるたくさんの水たまりの上でその者たちが踊るのを
ただ息をひそめて見ている
彼らは、あるいは彼女たちは、空を見上げながら、軽やかに舞っている
やがて、その者たちの視線に誘われるように、水たまりの水の分子たちが天に向かって昇りはじめる
僕は不思議なことにその水の分子が何なのかをすでに知っていた
それは悲しみだった
昨日世界を覆ったすべての悲しみの分子たちだった
晴れ始めた朝の光を浴びて、キラキラと光りながら天に昇って行く
その息をのむような光景にたまりかねて、僕はまぶたを開ける
すると、そこにはただ今まさに青空を映し出そうとしているたくさんの水たまりだけが見えるだけだった