もしひとつだけ願いがかなうなら

ぼくは北の大きな木のことを考えていた
なぜだかはかわからないのだけれど、最近の僕はそのことばかり考えている
倒れた木の空洞をねぐらにしているねこのおばあさんは
「北の木の向こうに行っちゃいけないよ。あそこに行って帰ってきたもんはいないんだから」
だけどおばあさんは誰も戻って来ない理由のこととなると
決まって口を閉ざしたまま、大きなのびをして、木の上に行ってしまう
 
僕にはおばあさんがどの枝の陰にいるのかもうわからない
おばあさんはこんな話を付け加えることがある
「おまえさん、こわいのものが、こわい顔をしているとは限らないんだよ」
「本当にこわいものは、むしろやさしい目をしているもんなんだ。そのことを忘れちゃいけないよ」
 
僕はある朝、その北の大きな木のところまで行ってみた
それはひときわ大きな木だった
薄暗い森の中で、見上げると木の上の方だけが陽の光に当たっている
遠くからみたときは深い緑に覆われた木に見えたけど
近くまで来てみると、たくさんのつたに覆われているのがわかった
もしかしたら、この木はもうとっくに枯れているのかもしれない
たくさんのつたが、今でもうっそうと茂った葉を持つ木に見せているだけなのだ
 
上空を舞う大きな鳥の影に気を取られたときだった
不意に強い風が北の森を駆け抜けた
うっそうと絡み合ったつたが、激しく揺れた
まるで重い幕が一気にめくり上げられるように、今まで隠れていたものを見せた
そこにあるのは深いほら穴だった
ほら穴の中には、わずかに明かりが見える
その明かりがどのくらい深いところからもたらされているものなのかはわからない
ほら穴の入り口の土は苔で覆われている
中から少し温かみを持った風は吹いてくる
その中にはなつかしいにおいが混じっている
でもそれが何なのかは思い出せない
僕はそれが何なのかをどうしても知りたくなった
いや知らなくちゃいけない・・・
 
大きな鳥が僕の頭上ぎりぎりをかすめて行った
そのとき僕は我に返った
いつのまにか、そのほら穴に入ろうとしていた自分に気づいた
全身の毛が恐怖で逆立つのを感じた
僕は息をつくのも忘れて、自分のねぐらに向かって走り出した
もしほら穴をまた見てしまうとまた僕の意思は吸い取られてしまいそうで
僕は一度も振り返ることなく走り続けた
 
その夜僕は不思議な夢を見た
僕はあのほら穴の入り口に立っていた
次の瞬間に僕はまわりがいっさい見えなくなるような強い光に包まれた
僕は全身が暖かくなるのを感じた
太い声がした
「おまえの願いを1つだけかなえてやろう。なんでも言ってみるが良い」
僕は迷うことなくこう答えた
その答えは僕をひどく驚かせた
なぜなら、僕の選んだ答えは、ふだん僕が願っているはずの
「元の世界に戻してください」でもなければ「飼い主にあわせてください」でもなかったからだ
夢の中で僕は迷うことなく、反射的にこう答えていたのだ
「信じる力をください」
 

forTop