バタフライ・エフェクト

森の向こうに広がっていた青空が消えたいた
代わって黒い雲のかたまりがまるで生き物のように体をくねらせながら、森の向こうに降り立っていた
その体から伸ばされた長い腕はもうすぐそこまで迫っていた
いつの間にこんなことになっていたんだ?
その生き物の腕のあちこちで光が走るのがみえた
雨をしのぐすべは知ってるけど、雷はだめだ
麻痺したように体が動かなくなるからだ
冷えそうな夜を前に土砂降りの中に取り残されるのは危険すぎる
 
僕は急いで、身を隠す場所を探した
迫り来る雷鳴に力を失いそうな体を叱りつけ励ましながら走った
その生き物の指先が僕の体を捕らえるその一瞬前に、僕はかろうじてほらあなに逃げ込めた
なすすべもなく顔を前足の間に沈める
やがて森は闇に沈んだ
時おり激しい光が森の木々を浮かび上がらせ、そのすぐ後に叩きつけるような轟音が森を引き裂く
ぱたぱという音がし始めた
一瞬森が身震いをしたような気がしたと思った直後だった。突然信じられない勢いで雨が降りだした
 
ちょうどそのときだった、一匹の蝶がほらあなに入ってきた。
蝶はためらいがちに、穴の上の方で、行き場を失ったままふらふらとさまよっている
羽を濡らして重そうだ
「食べやしないよ。ここで休んだらどうだい?」
蝶は地面に降りると、ゆっくりと羽を開いたり閉じたりし始めた
「ありがとう。助かったよ」
「どこに行くんだい?」
「ずっとずっと南の島」
僕らはそれからしばらく、旅の途中で起きたことなんかを話した。
雨はだいぶ小降りになった
森はいくぶん赤みを帯びた空の下でいつもの姿を取り戻していた
蝶は言った。「急がないと…ぼくはお先に失礼するよ」
「そうだね。花の季節は長くはなかったんだよね。気をつけてね」
礼を言うと蝶は森の中に吸い込まれて行った。
 
翌日の昼過ぎに、蟻たちが昨日の蝶に良く似た模様の羽を運ぶのを見た
彼のものでないことを祈った
今になって別れ際に彼に伝えるべき言葉を思い出した
僕は情けないことに、肝心なことをいつも手遅れになってから思い出す
「誰にも抗うことのできない宿命があることは知ってる。
でも、それでも、君のその小さな羽ばたきが世界を変えることさえあることを僕は知っているよ」

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