迷ったときはどちらも採用しない

渋谷の喧噪を少し離れたところにBootlegというこぢんまりとしたバーがあります。目立たないビルの2階にあります。狭い階段を上がって扉を開けると、ほのかな明かりに照らされた、ウォールナットほど暗くない、チークほど明るくはない、磨きこまれたカウンターと、マスターの笑顔が迎えてくれます。大きなウーハーから抑え気味に流れ出す余力のある音は、マスターの醸し出す穏やかな時間と相まって、異空間を作り出しています。具体的な場所を申し上げるのはご容赦ください。何しろ、意図的にホームページは作らない・・・そういう方ですので。
今日のグラスワインをお願いして、それを選ばれた背景をお聞きすると、育てた畑や、ときには栽培者の人となりまで説明してくれます。ワインをいただきながら、その話を聞いていると、まるでイタリアやフランスやカリフォルニア・ナパバレーが目の前に広がってくるような思いがします。悩みを抱えているとき、とてもうれしいとき、そのお店の空気を思い出して行きたくなります。
 
ふらっと寄ると、たまたまお客様は僕一人…ということもあります。そんなときは、お互いに経営者ですので、そんな視点の話になったりします。独立してお店を持つときに、ソムリエとしての知識だけではなく、経営のことも学ばなければいけないと思い、さまざまな勉強をされたそうです。そして、結局たどりついたのが「思考は現実化する」だそうです。今もなお紐解きながら経営者としてのオーナーの骨格になられているそうです。僕も結局は、経営にとって最も重要なことは、その「思考は現実化する」と稲盛和夫著「生き方」の2冊にすべて書かれているのではないか…そう思っています。オーナーもまた、優れた接客もお客様の満足も、そのベースにきちっとしたフィロソフィーと経営があってはじめて存在しうるものだと痛感し、実践しているお一人です。
彼がここのしゃけ弁は本当においしいいです…と教えてくれた三軒茶屋のしゃけ弁は、本当にうまかったなあ(笑)。
 
さて、会社の活動には、AかBかを選ばなくてはならない局面がたくさんあります。二律背反した(トレードオフな)AとBのどちらかを選ぶように迫られることは本当に日常茶飯事です。その連続と言っても過言ではないでしょう。さまざまな角度から検証が行われ、優劣が比較されます。でも最近の僕はこう考えています。どちらか迷ったら、どちらも採用しない…第3の案を考えるべきではないか・・・と。Aの次元もBの次元も超える、言い換えればAかBかの問題そのものを消してしまう、そんな第3の案を考えるべき・・・もしかしたら第3の案が出てくるまで待つべき・・・そう思うようになりました。
 
しかし、そのためには、議論の次元を1つ超える『在り方』が求められます。「この価値で・・・、この視点で新たに考えてみよう…」がないと「会議は踊る」だけでどこにもたどりつけなくなってしまいます。そして、その新しい次元での検討をするときに必要なのが「ミクロの視点」と「マクロの視点」という視点の切り替えを繰り返すクセだと思います。そのため、「私たちのポリシーとミッション」の社員の心得10か条の中で、『⑤ 鳥の目と虫の目を併せ持つ』を掲げています。
 
会社の問題においても、個人の悩みにおいても、本当の解決策はその問題の次元にあるのではなく、その上の視点を持つことによって生まれるのだと思うようになりました。しかし、そのためには、自分の次元を去年より今年、今年より来年と高めていかなくてはなりません。多くの優れた経営者が宗教心を持つのは、その究極の次元を求める渇望が引き寄せるものだと思います。多くの仏教関係の本を読んでみたり、しばしば教会に行って牧師のお話を聞くようになったのも、自分の持つ次元を高くするための視点を求めてのことです。稲盛和夫さんが言われる「本来自然の法則はものごとを進化発展させる方向に進めようとしている」「自分と宇宙との波長を合わせること」の重要さが徐々に理解できるようになってきました。
 
さて、Bootlegのマスターは僕に聞きます。「豊かな陽光をいっぱいに吸い込んだようなピノノワールの赤と潮の香りをいっぱいに吸い込んだようなアイラのシングルモルトとどっちにされますか?」…こればっかりは僕では次元を超えることはできそうもありません。両方?…それじゃ帰れなくなってしまいそうだし・・・
 

20160725-1